とうちゃんからお前たちへ

かけがえなきかみさんとチビたちに捧ぐ

物事はとらえ方次第

結局のところ

チャネル情報がもたらす根幹的な情報とは

物事はとらえ方次第だと言うことだ

 

しかしなぜ

そんなわかりきったことを

切々と

これまた丁寧に

たんたんと力説し続けているのだろうか

 

それは

地球人の生活が

あまりにもコントロールされており

本来備えている

チカラを発揮していないから

と言うのが理由になる

 

チャネル情報では

チャネルの対象である

宇宙存在がバシャールであろうが

エクトンであろうが

ラムサであろうが

基本的な話の筋が変わることはない

 

これは長年霊的現象に関する

書物を読んできたオレには衝撃だった

 

霊的世界では

死後の世界にふれることが少なくないが

宜保愛子と言う霊能者がTVで何かを語ったとすると

ある霊能者の著書では

宜保愛子の言っていることはデタラメだ」

「私は何十年と修行をしているから霊の世界を知っているが

ただ霊が見えるからと言って

霊界について知っているような口振りは許せない」

と豪語していたりする

 

しかしそう豪語している坊さんも

結局のところ

死後の世界について確信にふれる話はしないのだ

それはその坊さんとて

霊界を知っているわけではないからだ

 

オレは霊界に携わる連中の

いがみ合いにふれるたびに

そういった世界から離れるようになった

そこにしがみついても

何も得られないからだ

 

だが個人的には

宜保愛子の能力は本物だったと感じている

ただ

人である間

その能力は意図的に制限されているのだから

霊界のことで知らないことがあったって

なんにも不思議はないのだ

 

話を元に戻すが

霊界を取り扱う連中の間には

一種の利害関係と言うか

けなし合う傾向があることをオレは知った

 

なのでニューエイジの世界も

「どーせおんなじだろ」

と言うOMOIKOMIGAあった

 

ところがそうではなく

共通点のある話がいくつも飛び出してくる

それがオレにはとても衝撃だった

 

チャネル対象の宇宙存在が変わろうが

チャネラーが変わろうが

である

 

そして

それほどまで多くの宇宙存在が

地球人に語りかけようとしている背景は何なんだろう?

そんな疑問が脳裏を横切るようになった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命はあるのか?

「運命」があるとかないとか言う話を

耳にしたことがあるだろうか

例えばお店でドリンクを注文する時に

コーヒーを頼むか

紅茶を頼むのか

そんな日常の選択肢が

すでに決まっているという話だ

 

人は決まったレールの上を進んでいるから

その先にある出来事を避けて通れないという

運命論があるが

チャネル的には「ない」と言及しておきたい

 

ただ

人は…

正確には

地球人として生まれてくる前の自分は

地球人として生まれたら

どういった方向で人生を送るのかについて

設計をした上で

自分の計画が遂行可能な家族を選択し

誕生してくると言う

 

ドラマなんかでは

「好きで生まれてきたわけじゃない」

と言うセリフがあるが

実はそうではなく

誰もがなりたい自分として

なりたい環境で

両親を選択し

さらにその両親から承諾を得た上で

生誕に至っているのだ

 

この情報は

それまでのオレ自身の思考パターンを

根底から覆した

 

物理的にではなく

意識のレベルでコンタクトを取り

子となるオレ

父となる男性

母となる女性と

意気投合した上で

オレは生まれてきたのだ

 

それを実感として味わえなくとも

想像をしてみただけで

武者震いが止まらない

 

そんな神秘的なスタートがあり

世の中の誰もが生まれてきている

これが神秘でなく奇跡でなかったら

なんだろ言うのだろうか

 

チャネルには

「全ては自分が選択している」

 と言うフレーズが比較的よく飛び出す

 

それは「自己選択」していることを知った上で

人生を歩むのと

知らないままマスコミに翻弄され

あっちにフラフラ

こっちにフラフラした人生を送る結果

何も得られないような

空虚感を抱いたままの人生を送るのとでは

同じ人生が全く異なったものになってしまうからだ

 

チャネルは宗教ではない

何も教えてくれないし

何も与えてくれない

人生を生きる上でのポイントを示してくれるだけであって

それを自分の人生に活用するかどうかは

情報を受け取った各自の判断に任されている

 

だって

人生は各自が選択していくものであって

例えば宇宙存在であったとしても

地球人に対し

何ひとつ強要できないからだ

 

定食に付いてくるサイドメニューで

パンを選ぶのか

ご飯を選ぶのか

それはあなたの判断に委ねられているのだ

 

だとしたら

死のうか生きようかについても同じだ

「死にたい!」と考えるのと

実際に「もうオレ死ぬわ」と言うのは

チャネル的な視点で見ると

全く別物だ

 

多くの人が

何らかの苦しい思いを背負った時

「こんな人生なら

もう死にたい!」

 と思ってしまう

 

その結果どうでした?

 

たいていの人は

次の日もそのまた次の日も生きてませんか?

 

それは

心の奥底では

「まだ死んでなるもんか!」

って思ってる証拠になる

 

そこで

「ああ

また今日も嫌な一日が始まる」

と思っているとジレンマから抜け出せない日々が続く

 

でも

「あんなに悩んだのに死んでない!

てことは

オレって実は生きたがってる!?」

そんな風に自分の本心にふれることができたなら

そこからの人生はきっと新しいものになるんだ

なんのために生まれた?

プロの唄々いを目指し

東京出て暮らし始めて間もなくオレは

のどを痛め

普段の会話にも不便な状態に陥ってしまった

 

どうしてオレが

そんな試練を受けなくてはいけないのか

到底理解できなかった

 

半分棒に振ったような二十代だったが

ようやく人生の持つ意味が見えてきたのは

ずいぶん後になってからだった

 

過去を振り返って

数々の失敗を思い返してみた

 

例えば

唄に没頭していた時期には

女性を好きになっても

うまくいったことはないが

オレ自身で

そのような選択をしていた部分があることに気づいた

 

この想いがうまくいかなければ

その切ない気持ちが

唄を創る原動力になる

そう考えている自分がいたことを発見した

 

また

幼い頃から図画工作が好きだった

家は大金持ちでもなく

貧乏でもなかったが

オモチャなどを買ってもらえる機会には

ほとんど恵まれなかった

 

マジンガーZ」の超合金ロボット

と言うオモチャが欲しかった時も

買ってもらえるとは

最初から思っていなかったので

下手なりにも

自分でノートにロボットの絵を描いたものを

ハサミで切り出して

紙人形を作って遊んでいた

 

最初は空しいと思っていたこの遊びにも

実は大きな利点があることを

しばらくしてから感じ取った

 

仮に超合金ロボットを

買ってもらっていたとしたら

次には戦わせる相手が欲しくなる

 

てことは

オモチャをふたつもねだる結果になってしまう

そんなのは我が家にとっては

ありえない話だった

 

でも紙人形なら

正義のヒーローも

悪の大魔神

作り放題だ

 

オレは

その紙人形作りいう遊びを通して

ハサミの使い方や

ペンの使い方を学んだし

紙にもいろいろな種類があって

柔らかくふにゃふにゃで

紙人形には使う辛いものがあることも知った

 

その後も

本を読むことは嫌いだったが

文字を書いたり

絵を描いたりすることは好きでいた

 

自分で自分の髪を切ったりすることもあるが

あの頃鉛筆でなぞったところに

ハサミを入れて

目的通りのデザインを切り出すことを

何度も何度もやっていたことが

役立っているのだろうと考えている

 

東京では最初の頃

印刷屋でフリーターをやっていた

 

赤・黄・青の基本色を混ぜ合わせて

注文の色を作り上げる作業があるが 

それぞれ混ぜ合わせると

中間色が出来上がる

 

赤と黄色を混ぜるとオレンジ色になり

黄色と青だと緑になる

青と赤を混ぜると紫に

三色を全部合わせると茶色になる

 

白と黒や金や銀は

この三原色からはできなかった

 

別に誰から教わったわけではないが

そんな感じで

自分で混ぜ合わせた色を使い

色作りの表を作って参考にしていた

 

また

その後オレは

レンタルビデオの世界に入るが

幼い時から

我が家ではTVで放送されている映画を

よく観ていた

 

何気なく観ていた映画が

自分の仕事となり

お客さんに

映画を勧めるきっっかけにもなっていた

 

三十代から十年近くをかけて

「ああ

あれは無駄じゃなかったんだ」

「ああ

あれはオレが心の奥底で望んでたことだったんだ」

そんな気づきを積み重ねていった

恐れ

オレは科学に詳しいわけでもなんでもないが
四次元までの世界には
それなりの制限が発生している

 

「〜学」と呼ばれる世界も
その制限の中で仮説を立て
「こうなんじゃないかな」と理論を構築していく

 

五次元に以降すれば
四次元までの理論が
全く役に立たないものも出てくるだろう

また理論を飛躍させる発見もあるかもしれない

 

けれど
冒険を恐れ
立ち止まってしまっている

 

宇宙船地球号」と言う表現があるように
地球の生命は
地球と一緒でなければ生きられない

 

一次元から二次元
二次元から三次元
三次元から四次元
ここまでは物理世界なので
同じ「宇宙船地球号」に乗り続けることができた

 

ところが五次元からは非物理世界になるため
地球は物質から非物理へ変化する必要が出てくる
仮に今地球が
エネルギーの塊みたいな存在になってしまったら
ストンと地球から落っこちてしまうだろう

 

地球はその中で暮らす
あらゆる生命の母であり父である
どんなに愚かな行為をしている生命体がいるにせよ
我が子を見捨てて
自分だけ五次元に移行したいと思うだろうか?

 

チャネル情報によれば
地球は地球人に対しても
かなり気を配ってくれているという
「いつまでもよそ見をしていないで
早く私と一緒に五次元にいきましょう」
と…

 

その声に応えられるのは一体いつなんだろうか?

アセンション

チャネリングがひとつのブームになったきっかけは

アセンション」と呼ばれる

イベントがきっかけだったのではないかと思う

 

地球が現在三次元世界に位置していることは

よく知られている事実だが

五次元へ以降するのがここで言うアセンション

 

「次元上昇」と訳されるアセンション自体は

一次元から二次元への次元上昇にも使える言葉だが

五次元への次元上昇には大きな意味合いがある

 

大まかな分類で言うと

一次元から三次元までは物理次元になり

五次元以降が非物理次元になる

間の四次元は両方の要素を持つ

半物理半非物理次元になる

 

冒頭で

「地球が現在三次元世界に位置していることは
よく知られている事実」だと述べたが

チャネル情報によれば

地球は四次元に位置している

それもかなり五次元に近い位置だと言う

 

文面だけでこの次元という奴を

理解するのは難しいので

学校やオフィスビルなどにある

螺旋階段をイメージしてほしい

 

そして地球が今四階に位置しているとする

四階から五階に向かって一段ずつ階段を登っていく

途中にある踊り場も超え

残り数段で五階に着きそうなところまで来ている

 

それが地球の現状だと

チャネル情報は言う

 

次元という名の階段を上り進めていくことは

難しいことではない

着実に一歩ずつ登っていけばいいだけだ

 

一階は作業着売り場

二階は紳士服売り場

三階は婦人服売り場

四階は子供服売り場

五階はオモチャ売り場

と言うように

各階には独特の世界観が設定されている

 

四階までの世界しか知らない人間は

五階の世界を知らないので

誰かが「五階に行こうよ」と言っても

「いや遠慮しておくよ」

とそれまでの世界に留まろうとする

 

「知らないところ=危ないところ」

と決めつけ

「現在の場所に留まる=安全」

と思い込み

行動を中断してしまう

それが現代社会の姿だ

 

レンタル人生

これまでの地球は
どこかの誰かが発明したものを使っているだけの
「レンタル人生だ」
 
しかし
レンタルする人がいるだけでは
新たな発明は生まれない
 
そこで考えたのが
料理の作り方を教えるという方法だ
複雑怪奇に見える料理でも
手順を追っていけば
同じように作り上げることができる
 
もちろん細かな部分では違いが生じる
だがそれも経験を積み重ね
オリジナルから一工夫することで
違うスタイルの料理へと進化する場合もあるだろう
 
結果が出るまでの
数々の失敗については何ら問題がない
チャレンジし続け
何かを生み出していこうとするファイトこそが
世の中に新しいものを創り出すのだから
 
特定の世界に
それまでなかったものが出来上がったら
それはその世界を変えたことになる
 
現代社会も
日々似たようなことが繰り返されてはいるものの
少しずつ変化が起こっている
 
今朝赤ん坊が生まれたなら
新たな生命が誕生したと言う事実が
世の中を変えたことになる
だって昨日までその子はいなかったのだから
 
現代社会の
いやここ数千年に渡り
人間社会が大きく前進していないのは
「自分には世の中を変えるほどの力はない」
「誰かがやってくれるさ」
と自暴自棄になり
他力本願になってことが原因だ
 
そして
人の心をそう仕向けるように
教育していることの影響が大きい
 
子供を持つ親は
子供が何かしようとすると
「危なからやめなさい!」
と言っているのを聞いたことがないだろうか
 
人は幼い頃から
そうやって自分の可能性を否定され
力のあるものにすがる体制が確立されていくのだ
 
学校や会社に入りたての人が
学校や会社をひっくり返すような
大事を起こせるだろうか?
 
最初はおとなしくしておいて
チャンスが来たらそこでドーンとぶちかましてやる!
と思っている人はいるだろうが
そもそも
しょっぱなから大それたことをやろう
と考える人はほとんどいないんじゃないだろうか
 
その非積極性が世の中を停滞させ
一部の存在が地球人をコントロールする結果を生み出している
 
それが誰かなんてことは
ほとんど重要ではない
 
新たな人が生まれるだけで世の中が変わるように
人の根本的な心理のあり方が変われば
それだけで世の中は変化を起こすのだから
 
チャネル情婦はノウハウをもたらしてくれる
かつ
なぜノウハウを使えなかったのかについて
その理由をあきらかにしてくれる
 
その前提をきちんと認識し
今後どうこうどうすべきかの方向性が身につけば
それ以降チャネル情報は不要になる
誰もがノウハウを伝えることのできる
先生の立場になるからだ
 
特定の人だけが料理を作れるわけじゃない
料理の作り方を学び身につければ
今度はあなたが料理人になる
 
これまで人生をどう料理してきたのか?
誰かが作った弁当を食べているだけだけではなかったか?
誰かが設計したルートに乗っかっているだけでは
それ以上もそれ以下もない人生になってしまう
 
なぜ地球には数十億もの魂があふれているんだろうか?
誰かが作った人生の真似事をするため?
数十億の人生の生き方があってはダメ?
 
選ぶのはあなただ

チャネル情報がもたらすもの

便宜上

ラジオ放送のDJに当たるのが「宇宙存外」

ラジオになりきる人が「チャネラー」

ラジオ放送を通してもたらされる情報を「チャネル情報」

と定義しよう

 

DJに当たるポジションを

「宇宙人」としなかったのには理由がある

そのポジションに当たる存在には

実体がなくエネルギー体もいるからだ

グレイのような

人形の宇宙人ばかりが

宇宙に散在しているわけではないため

総括的な言葉として「宇宙存在」とした

 

ところで

有名なイエスキリストや仏陀などの偉人は

どうして地球にはやってきたのだろうか?

そして

どんな理由があって

迫害されつつも

自分の考えを広めようとしたのだろうか?

 

普通社会から攻撃されることがわかった段階で

それ以上

世の中に自分の考えを推し広めず

自身の中で温めておく

と言う選択肢もあったのではないだろうか

 

結果として

偉人たちの行動は

まさに命がけの行いになったはずだ

 

チャネル情報は

形こそ異なれど

自らの姿を現し

数々の教えを説いた

偉人たちのスタンスと同じ位置にある

 

宇宙存在だけではなく

チャネラー自身も神に祭り上げられ

その反動で

世の中から反発を買い

批判の対象になる可能性もはらんでいる

 

そう言った危険性は

過去の偉人たちを通して

充分検証されていた

 

そのためか

チャネル情報を展開するワークショップでは

冒頭で硬くならない程度に

注釈が入ることが多い

 

つまり宇宙存在やチャネラーが特別な存在ではなく

ワークショップに来ている皆さんと同じ存在です

と言った語りかけがある

 

多分それは

かつての偉人たちも同様の行いをしていたのだろう

しかし現代と異なり

科学的な知識を微塵も持たない人が

手品のような不可思議な現象を見せられれば

「あなた方にもできることなんですよ」

と説明されても信じられず

「ああこの方は神か神の御使だ」

と誤解されてしまう

 

現代では

ある程度不可思議な現象を見たとしても

「その背景には何かあるはずだ」

と疑い

すぐに魅了されてしまうケースは少ない

 

一歩引いた状況で

ことの真偽を見極め

熟考し

その結果として納得・会得したものは

相手に心酔するのではなく

自分の力になっていく

 

偉人や宇宙存在の力に頼るのではなく

「私にもそれができるんだ」

となれば

宇宙存在の目論見は成功したことになる

 

端的に言えば

それは「自主性を発芽させること」に他ならない